『初めてのギターと初めてのコンサートと初めてのバンド』 [超個人的溺愛の逸品]
ついに200本目の記事更新だぁ
多趣味ながら何一つ極められない小生の戯れ言に、いつも暖かいコメントをくださる方々に感謝の気持ちで一杯です。
気楽な日記のつもりで始めたブログが、いつしか継続することにより若さを保つ力の源泉となり、また多くの方々の情報発信には新鮮な感動を覚え、また未知なるモノとの出会いを教えられています。これからも、ひとりよがりな拙文に気軽におつきあい戴ければ幸いです。
記念の今回は、私の少年期の音楽との関わりを振り返ってみます。
中学3年の春。
2年分のお年玉と小遣いから必死に貯めたお金を握りしめ、私はお茶の水の楽器店へロックで取り持つ親友と向かったのだった。
「エレキ・ギターを買うぞぉ〜」少年の心はメラメラと燃え上がっていた
1年以上前に親友宅のコンポ・ステレオで、初めてLed ZepplinとGenesisを聴き、ロックの虜となった私にも、ついにその日が訪れた。
買うべきギターは決まっていた。ジェフ・ベックを神と崇める裕福な親友は、既に半年前に「黒のレスポール」をポンと知らぬ間に購入(親に買ってもらった)していた。男同士の対抗心とは、こういう時に現れる。当時ジェフ・ベックは過去のハードロックから一転してフュージョン路線に転向し、2枚のインストルメンタル・アルバムを発表、僕らロック小僧を驚かせると共に、憧れのギタリストの最右翼であった。
「ふ、ふ、ふ。お前がBlow By Blowなら俺はWiredでいくぜ」
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「白のストラトキャスター」が欲しかった
初めて訪れた楽器店は、大人の空気が漂っていた。整然と並ぶ多くのギターとイカした店員のお兄さん方に、少々気後れしながら狙いの一品を探す。
しばらく友人と店内を歩き回り、漸く意中の白ストラトを見つけ出す。しかし、実際に目にした実物は、私の想い描いていたイメージと少々違っていた。想い焦がれたアイドルの本物にいざ出会っても、心ときめかないように。
そんなどこからみても美形の彼女よりも、個性的でちょっとイカレタ感じの女性に触手が動く傾向は、この少年時代から芽生えていたようで、白ストラトの影に隠れていた一台の異形のギターに、私の眼は釘付けとなった。
『グレコ製・フライングV』
ほ、惚れた...一目惚れだった
生来のシャイな癖に目立ちたがりな性格が更に拍車をかけ、小さなアンプ共々ほとんど衝動買いと相成った。
友人の「本当にこの女でいいのかよ」みたいな忠告は、一切耳に入らず。
ここからは、多くのロック小僧が辿ったように、高校受験もなんのその。日々、教則カセットを聞き返しながらの練習の日々が続く。しかし、この彼女、実は抱き心地は最悪だった。練習は当然坐って演るのだが、V嬢の凹凸の無いボディが私の太腿にしっくりと固定できない。滑る滑る〜その後の私の人生での女性との出会いもこのパターンが永く続くのだが...それでも、徐々に左指の腹が固くなり、Fコードも難なく押さえられてくると、Led zepplinのバンド譜を買い込み、お気に入りのメロディへの挑戦が始まる。
この時期から別の欲求が膨らみ始める・・・「バンドで演りたい」
同じ中3のクラスでは、例の親友を筆頭に徐々にロック好き友達が増えて来ていた。 「この友達でバンドが作れるかもしれない。」一人一人の友人を思い浮かべる・・・しかし、時はすでに遅かった。
クラプトン狂のY君はストラトキャスター。HM好きのT君はSG。クィーン命のTG君はブライアン・メイ・モデル。親友のレスポールと小生フライングV。
ロック好き5人、全員ギター持ちじゃねぇか
幻の中学生バンドは結成不可能となったが、受験勉強真っ盛りでも学校帰りにお互いの自宅へ通い合い、レコードの貸し借りを繰り返し、音楽を絆とした5人の友情は深まっていった。
そして5人の全員別々の高校進学が決定し、卒業式も終わった春休み。
みんなで初めてのロック・コンサートへ行く事にした。
1977年4月2日 日本武道館・KISS初来日コンサート
初めて生で聴く爆音に圧倒されながら、リーダー格のポール・スタンレーの弾くギターに私は狂喜乱舞した
「フライングVだぁ」
初体験のロックの饗宴に興奮冷めやらぬ少年達は、翌週には別々の学校に通うにも関わらず、「またな」と、いつものように浅草駅で解散し、各々の家路に向かうのであった。
懐かしい中学生活最後の思い出である。