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『孤鷹の天』澤田瞳子 [〜老眼はつらい〜]

原則、文庫本しか買わない。

単行本の表装に心奪われる時もあるが、読書時間は通勤・出張移動中と限定しているので、鞄に入りやすいのを優先しているからだ。やっぱり安いし。
その為、衝動買いし、一度も開かれていない単行本が、私の本棚に数多く積まれている。

新聞書評が絶賛だったので、久しぶりにこの分厚い単行本を購入。

孤鷹の天 (こようのてん)

孤鷹の天 (こようのてん)

  • 作者: 澤田 瞳子
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2010/09/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
電車の中での読みにくさも鞄の重みも気にせず、一気に読んでしまった!

感動作であった。

歴史小説の王道〜売れ線と云えば、戦国時代か幕末期が定番。この小説は、奈良時代の「藤原仲麻呂の乱」という歴史上では、極めて小さな事件に脚光を当てている。なにしろ1200年以上前の天平時代である。戦国時代あたりと比べると、歴史的事実の伝承も検証も確固たるものはない、がゆえに、私はよけい浪漫を掻き立てられる。
まだ、「武士」という階級も存在せず、大陸からの渡来人も多い中、「日本国」という国づくりが、ようやく胎動し始め、「日本人」のアイデンティティが形作られていく時代である。

高向斐麻呂(たかむくのいまろ)は、貴族・藤原清河家の使用人。憧れの存在であった清河の娘・広子の為、遣唐使に任ぜられたまま中国から帰国できない清河を連れ戻そうと、自ら遣唐使になるべく、今で云う中央官僚を輩出する「大学寮」に入学する。斐麻呂14歳の春であった。
儒学を教育基盤としたその大学で、彼は友人・先輩・教官との出会いの中で「この国を必ずや、よい国にするのだ」という『官』の志を学び成長していく。
ある日彼は、人間としての地位を剥奪された奴婢・赤土と出会い、学内で隠れながら共に勉学に励むのだった。

前半からぐいぐいと引き込まれる。
当時の社会情勢・政治的背景を巧みに折り込みながら、まるで学園青春ドラマのように少年達が活き活きと描かれている。大学潜入が発覚し、袋だたきになりながら赤土が握りしめた木簡(ノート)に書かれた言葉。『徳、孤ならず。必ず隣あり』それを助けられなかった斐麻呂達の悔恨。

時の権力者、太政大臣・恵美押勝(藤原仲麻呂)と阿部上皇(孝謙上皇)との対立は、儒教と仏教の抗争でもあった。「大学寮」の深い理解者でもあった押勝ではあるが、一時の権勢に翳りが見え始めていた。無事、大学寮を卒業した斐麻呂ではあったが、大学出身者には既に閑職しか務める職はなかったのである。押勝は、上皇側の巻き返しに焦りを募らせ、ついに挙兵するに至るが、多くの内通者の裏切りにあい、敗走。琵琶湖畔で敢え無く討ち死にする。このクーデターは、その後、大学寮及び卒業生を巻き込んだ政争へと発展する。斐麻呂はとある日、上皇の恩赦により良民となった赤土と再会するのであった・・・

中盤の戦闘場面は、女性作家とは思えない筆力。斐麻呂と赤土の妹・益女との恋。因縁の二人の再会。広子の悩み。少年少女から血気溢れる若者達となった彼らの想いが、丁寧に描かれており、どの人物に対しても感情移入ができ、胸が熱くなる。

淡路島に流された押勝の傀儡であった大炊王(淳仁天皇)を再度擁立しようとする勢力の中に、大学寮関係者も多く含まれていた。斐麻呂の敬愛する先輩・雄依は、先の乱で直前で上皇側に寝返った高丘比良麻呂を誅殺せんとするが、敢え無く返り討ちとなる。その姿を目の当たりにした斐麻呂と赤土の心は、音を立てて大きく変わっていく。大学寮の役人になっていた斐麻呂は、反乱軍に加わるべく、単身淡路島を目指す。一方、上皇側直轄の役人だった赤土は、自分の後ろ盾であった和気王を陥れた見返りに、妹・益女に死罪を着せられる。彼女の腹には、斐麻呂の子供が宿っていた・・・

中盤以降、展開が更にスピードアップし、本を閉じる事ができない
後半は「自分の為に学生寮に入り、役人になった斐麻呂が何故?」と、彼に淡い恋心を持つ広子が動き始める。同様に、彼を取り巻く多くの人々が、己の信念に基づき行動を起こしてゆく。
淡路島の激戦を通して、斐麻呂と赤土の最期はいかに!という感じで、物語は終焉を迎えるのである。

澤田瞳子〜この作品が、小説デビュー作というのだから驚きである。時代小説傑作集などの編集者として活躍していたらしいのだが、いきなりの長編小説に挑戦だ。今までの編集者としての経験と蓄積、歴史小説・古代日本への深い造詣と愛情を、一気に花開かせたというべきか?

個性溢れる登場人物達を瑞々しく描き、また随所に表れる中国の名言の引用が、多少説教臭いながらも、心に響く。
特に私が惹かれた人物は、熱き若人達より、裏切り者の烙印を押された大外記・高丘比良麻呂と大学寮の教官・巨勢嶋村の生き様。

比良麻呂「この国を必ずや、よい国にするのだと。だから今は太志を裏切るのだと、ちゃんと言葉に出して言うべきでございました。ひょっとしたらそれがしには、あ奴らのひたむきさがあまりに眩しかったのかもしれませぬ。自らが裏切り者となり、女帝の元に走っても、あ奴らには天に背かぬ若人でいてほしかったのやも。公は定(とど)まれ、予は往かんのみ、と。そう申すべきでございました。」

島足「教え子をむざむざ死ねせるのが、決して徳ではあるまい!」
嶋村「確かに徳とは申せませぬ。ですが義と信じる道をあえて妨げるは、不仁でございます。」人を思いやり慈しむ気持ちを指す仁は、諸徳の筆頭である。仁なくして、忠や義といった他の徳目はありえない。人はすべて仁者でなければならない。そして不仁は不忠であるが、不忠は不仁ではない。

儒学の心得が薄い小生でもジーンとくる場面の連続であった。

現代日本の世相、特に政治の混沌と対比しながら、「官」のあり方、「日本人」の心持ち、そして「人」としての生き方を改めて考えさせられた作品であった。会社という不条理な組織に悩むサラリーマンにも、一読の価値あり!

礒部王の言葉を最後に。
「子、曰く。与(とも)に学ぶべきも、いまだ与に道を適(ゆ)くべからず。与に道を適くべきも、いまだ与に立つべからず。与に立つべきも、いまだ与に権(はか)るべからず。人は決して、他人の生き方を責められはせぬ。それぞれがこうと信じた義は、どれが正しく、どれが間違っていると断定できるものではないのじゃ。」

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