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『そこのみにて光輝く』 [上映中飲食禁止じゃ!]

 
『ヒミズ』(2012)以来、久方ぶりに心打震える邦画と出会う...
 
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 監督
呉美保
 
原作
佐藤泰志
 
出演
綾野剛 池脇千鶴 菅田将暉
 
仕事を辞めて何もせずに生活していた達夫(綾野剛)は、パチンコ屋で気が荒いもののフレンドリーな青年、拓児(菅田将暉)と出会う。拓児の住むバラックに は、寝たきりの父親、かいがいしく世話をする母親、そして姉の千夏(池脇千鶴)がいた。達夫と千夏は互いに思い合うようになり、ついに二人は結ばれる。と ころがある日、達夫は千夏の衝撃的な事実を知り……。(シネマトゥデイより)
 
 
哀しみと愛おしさを湛えた珠玉の家族の物語である。
ストーリーの主体は、達夫と千夏の恋愛劇だが、敢えて「家族」を描いた作品と呼んだ理由は、終盤の絶望的な事件から一気に光輝くフィナーレに向かう展開の中に色濃く滲み出て来る。
 
採石場の事故で部下を亡くしたショックから立ち直れず、仕事もせず酒浸りの自堕落な生活を続ける達夫。
寝たきりの父、介護にかかりきりの母、ムショ帰りの弟を守る為に家計を支える千夏は、毎夜、ネオン街で身体を売る。
そして偶然の出会いから、悲しみを背負った男女は、強力な磁力で引かれ合うように結ばれて行く。
 
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函館のと或る港町の短い夏の柔らかい光線、廃れた地方都市の繁華街の沈んだネオンに浮かび上がる若者達を、ごく自然に切り取るカメラワークが、彼らの深い想いを際立たせる
 
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夜は娼婦として稼ぐ千夏は、保護観察中の弟・拓児の保証人である植木農園の社長とも不倫関係にあり、家族の生活の為、この男に何かと便宜を図ってもらっていた。何も希望の無い貧しい家族生活をただ続けるだけだが、彼女は自分の肉体を捧げものにし、抜けられない苦しみを日常として受け入れていた。
池脇千鶴の演技力の高さは「ジョゼと虎と魚たち(2003年)」で実証済みだが、10年の時を経てオンナの色気を纏った名女優が魅せる心象風景は、見事としか云うべき言葉が無い[exclamation×2]
 
今や、売れっ子俳優の筆頭と云って良い綾野剛。TVドラマ、映画に引っ張りだこの彼だが、どんなタイプの役柄にも自然に溶け込む天才的な能力を持つ男優である。
今回は、落石事故のトラウマによる悪夢と幻聴に付き纏われた孤独な男・達夫を、圧倒的に少ない台詞の条件下で、まさしく「表情」のみで表現した。
 
お互いの中に「生きる希望」を見出した二人は、一歩前の未来に向かって踏み出していく。
親の納骨にも興味を持てなかった達夫は、生まれて初めて「守るべきもの」と出会い、千夏達と「家族」になる為、悪夢の仕事場であった採石場に戻る決意をする。千夏も夜の仕事を抜け、不倫関係も精算し、愛する男を支え、自分自身も幸せに成る事を夢見る。
 
暗闇の中で蠢くように陰鬱だった男女関係が、中盤以降「光の方へ」向かってはっきりと形作られていく過程が、俳優陣の熱演と過度な説明無しの映像主体の演出により、美しく描かれている。
 
千夏の弟役・拓児に菅間将暉。人懐こいチンピラ青年を好演する。個人的にも懐かしい北海道弁(長万部方言)で、寡黙な達夫にまくしたてる姿が、大変微笑ましい。常に家族には悪態をつきながらも、達夫と姉の交際を喜び、義兄になるであろう男と共に採石場で働く事にはしゃぎ廻る。そんな拓児の後の行動が、輝き始めた「一家」を絶望の底に突き落とす。
 
千夏を忘れられない不倫相手の社長は、弟の保証人で或る事につけ込み、脅迫まがいに千夏の身体を執拗に求める。
夜店で賑わう町の夏祭りの晩、姉を玩具のように弄び、人前でそれを吹聴する男に、拓児は正気を失くして襲いかかる。社長の腹部から飛び散る鮮血...拓児の手には千枚通しが握られていた...
 
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交番に出頭する直前、拓児が達夫に抱きつき、泣き叫ぶ言葉に胸が熱くなる...
家族への想いを吐露する菅間将暉の迫真の演技[たらーっ(汗)]
 
事件を聞き及び呆然とする千夏と母。その隣の寝室で、何も解らない寝たきりの父が妻の身体を求めて悶え始める。
いつものように母の代わりに実父の性処理をする為、千夏は無言で寝室に消えていくのだった...「やはり、私は幸せには絶対なれないのね」と、すべてを受け入れたような後姿が語る。
しかし、手淫の為の2本の小さな手は、いつしか父の首を締め付けているのだった...
 
 
登場人物達の唐突な行動を、あくまでも自然に描きながら、その理由を感情の裏側まで透かし彫りしたように見せつける演出、映像表現が、心憎いばかりだ。人間が理屈通りに行動できない動物である事を暗に指し示している。
新鋭・呉美保監督の女性らしい繊細な視線は、スクリーンの隅々まで行き渡っているようで、何気ない風景描写にも、彼らの深い想いが息づいている。そして、現在の邦画界の珠玉の若手俳優達の熱演が、これに応える。挿入される音楽も秀逸、ピアノの調べが特に美しい。
 
廃れた港町を背景に、その底辺でもがき苦しむ人々に差し込む僅か光を、優しい視点で写し込んだ傑作である。
どんな逆境でも「家族」を守る決意をした綾野剛の『意志の眼差し』が、感動のラストシーンを飾る[たらーっ(汗)][たらーっ(汗)]
 
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名古屋の映画好きが集る平日夜のミニシアター...エンドロール中に席を立つ者は、誰ひとりいなかった[ぴかぴか(新しい)]
 
 
原作は佐藤泰志。
芥川賞に4回もノミネートされるも、一度も受賞叶わなかった不運の小説家である。
享年41歳、自死であった。太宰治を彷彿させる...
彼の唯一の長編小説が本作である。
 
そこのみにて光輝く (河出文庫)

そこのみにて光輝く (河出文庫)

  • 作者: 佐藤 泰志
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2011/04/05
  • メディア: 文庫
この自分の書いた原作のように、彼の廻りには光が届かなかったのだろうか?
 
 
 

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コメント 10

ため息の午後

地方の雰囲気を感じる映画は大好きです。
風景や言葉、いろんなことが心に迫ってきます(笑)。
by ため息の午後 (2014-04-25 20:21) 

JUNKO

是非みたいですね。
by JUNKO (2014-04-25 22:20) 

Labyrinth

oh! 「海炭市叙景」は観ていますが、同じような雰囲気なのかしら?
つむじかぜ さんの名文でますます観たくなってしまいます!
by Labyrinth (2014-04-26 01:16) 

kopochan

時々おじゃまし楽しませていただいています。
ありがとうございます。
今日は「ミッシェル・ポルナレフ」のところを読み
はじめてサングラスをしていない映像をみました。
当時は私も子供でしたが、また聴いてみたいと思っていました。
お礼まで。
by kopochan (2014-04-27 11:24) 

つむじかぜ

> ため息の午後 様
昔、身近に触れた方言を今聞くと、無性に嬉しくなりますね^^
by つむじかぜ (2014-04-29 01:51) 

つむじかぜ

> JUNKO 様
男性の視点では無い描写が素敵ですよ!
by つむじかぜ (2014-04-29 01:52) 

つむじかぜ

> Labyrinth 様
「海炭市叙景」は観ていないので、比較できませんが、同じ原作者ですから
雰囲気は似ているかもしれません。
ただ、今作の演出と演技は邦画レベルではピカイチなのは間違い無し!!
by つむじかぜ (2014-04-29 01:56) 

つむじかぜ

> kopochan 様
稚拙Myブログにお越し頂き恐縮です^^
これからも、よろしくお願いしま〜す!
by つむじかぜ (2014-04-29 01:58) 

non_0101

こんにちは。
とても重そうだなあと想いつつも惹きつけられている作品です。
終わる前にチャレンジしたいです☆
by non_0101 (2014-04-29 09:39) 

つむじかぜ

> non_0101 様
確かに重いですけど、清々しいラストです。
とにかく、演出・演技が素晴しい!
by つむじかぜ (2014-05-01 01:14) 

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