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『憂国忌』 [〜老眼はつらい〜]

11月25日は『憂国忌』・・・三島由紀夫の命日である。
 
遥か昔の記憶。1970年、小学生だった私が学校から帰宅すると母親が「大変な事になったわ!」とテレビを見入りながら興奮気味に呟いていた。なにやら、世間で大事件が起きたらしいのだが、当時小学校低学年の私には流れるニュースの内容も正確に理解できない。母の説明により「有名人が切腹自殺した」という事実だけが何とか吞み込めたのだが、翌日の新聞で血みどろの部屋の片隅に転がる人間の首らしきものが写っている白黒写真を見て、強い衝撃を受けたのであった。当然「三島由紀夫」という人物も事件の背景も解らなかったが、「切腹」という歴史ドラマの中でしか知らない行為が、あの昭和の時代に現実に起きたという事実が子供心に鮮烈であり、生々しい写真の残像と共に、「ミシマ」の名は私の脳裏に深く焼き付く事になった。
 
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中学の夏休みの読者感想文の宿題。 
前年の京都旅行の連想から偶然書店で見つけた「金閣寺」を題材にした。文学者・三島由紀夫との初めての邂逅である。それまで、純文学と呼ばれる作品には全く縁の無かったロック少年は、聖水でできた氷の結晶の如く美しい文体に、瞬く間に囚われの身となった。今思えば、14、5歳の少年に、この名作の心髄を読解できる道理も無いのだが、滅び行く美への憧憬とオドロしいまでの人間の精神世界に踏み込んだ筆致は、記憶の底の生首写真と渾然一体となり、初めて「三島由紀夫」なる者が私の頭の中で形作られた。それは淳朴な心に、触れていけない禁断の木の実の味を知ってしまったような、一種の罪悪感と優越感を覚えさせ、その美味には逃れられない微かな毒が含まれていた。
 
その後、三島氏の主要作品を読み漁り、三島事件に関する文献・資料に目を通すほど、彼に傾倒した時期が暫く続いたのだった。右傾化耽美主義ニヒリズム・・・思春期の少年はかぶれやすいものである。(幸い、同性愛だけは影響を受けなかったが...)しかし、自分自身が少年を脱皮し、多くの社会経験を積んでいくに従い、彼の思想や生き様への心酔度は薄れていき、成人を過ぎた頃には純粋に単なる「文学者」としての三島の一ファンなっていくのであった。
 
そんな三島由紀夫氏が亡くなって41年が経過したのだが、久方ぶりに「読書の秋」に併せて、当時読まなかった彼の作品を何点か続けて読んでみた。
 
若きサムライのために (文春文庫)

若きサムライのために (文春文庫)

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1996/11
  • メディア: 文庫
 
 
 
  
対談が主。 彼独特の文体の美しさは堪能できない。
しかし、半世紀前に発した「病める現代ニッポン」を見通したような数々の警句は、「目から鱗」であり、作者の千里眼には驚きを隠せない。そして彼が紛れもない「憂国の士」で在った事を再認識する。三島事件への端緒を彷彿させる発言にも出会える。
 
近代能楽集 (新潮文庫)

近代能楽集 (新潮文庫)

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1968/03
  • メディア: 文庫
日本古来の能楽を下敷きに現代風に創作した戯曲集。いわゆる台本なのだが、瀟洒な会話が男女の機微を見事に表現されている。原典は知る由もない能楽音痴の私でも十分楽しめる内容で、すべての短編が味わい深い。
最後の会話・一行が「オチ」となっており、一編ごとに読む側は苦笑い、感嘆の声を上げ、途方に暮れ、想いに耽る事ができる。
 
音楽 (新潮文庫 (み-3-17))

音楽 (新潮文庫 (み-3-17))

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1970/02
  • メディア: 文庫

 
 
 
三島小説の中では異色作であるが、絶品だ。 
発表当時は婦人雑誌に連載されており、一般の女性読者を意識してか、主要な作品と比べて非常に読み易い。
三島独特の研ぎすまされた文体は影を潜めているが、登場人物の緻密な描写や流れるような展開には、やはり舌を巻かざるを得ない。
精神科医による不感症の女性の治療記録の形式をとる。彼女の幼児体験まで遡り根本的な治癒をめざす医師は、この絶世の美女に幾度も翻弄される事となる。淡い恋情と医師の誇りの狭間で、彼女の本性との激しい戦いが続けられ、一歩一歩核心に迫る展開はサスペンス小説並の緊張感を醸し出す。
「性と生」の深き課題を、精神医学的側面も取り込みながら解き明かし、「女の魔性」の領域にまで踏み込んだ三島氏の隠れた名作だ。
〜それは色彩の少ない部屋の中に、小さな鮮やかな花のように浮かんでいるが、それが語りだす言葉の底には、広漠たる大地の記憶がすべて含まれており、こうした一輪の花を咲かすにも、人間の歴史と精神の全問題が、ほんの微量ずつでも、ひしめき合い、力を貸し合っているのがわかるのである。私たち分析医は、この小さな美しい花をとおして、大地と海のあらゆる記憶にかかわり合わねばならぬのだ。」(62頁)
美しい文章だなぁ[ぴかぴか(新しい)]
 
最後に極めつけの作品。
不可能

不可能

  • 作者: 松浦 寿輝
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/06/22
  • メディア: 単行本

 
 
 
三島作品ではない。しかし、強烈に面白かった[どんっ(衝撃)]
1970年、市ヶ谷の自衛隊総監室で壮絶な割腹自殺を遂げた本名・平岡公威が、実は死にきれずに生きていたという設定である。その平岡が動乱罪による永い獄中生活から解放され、齢八十翁として現代に生きる姿を描いている。 
たぶんに松浦氏は、相当な三島由紀夫ファンであり研究者なのだろう。随所に作者の「三島への愛」を感じるのだが、私が少年期に心酔したような経験が彼にも同様にあったに違いない。同じ者を偏愛した人間だけが共有できる連帯感を勝手ながら覚えてしまう。
三島由紀夫に興味の無い読者には全く売れないであろう超限定コア読者向け小説なのだが、私は一気に読み込んでしまった。若き彫刻家に首の無い石膏像を作らせる件から平岡老人の前半生を振り返り、後半は一転してミステリー仕立ての完全犯罪劇に変貌する摩訶不思議な作品。三島を彷彿させる文体や諸作品からの借用・パロディが散りばめられ、現実に三島が演じた「生と死」を大いなる皮肉と溢れんばかりの愛情を持って再検証した幻想譚だった[ぴかぴか(新しい)]
 
 
 
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コメント 3

niki

ミシマの文体は繊細だと思いました。
きっと彼は内面的にはナイーヴだったのかなと感じた覚えがあります。
この事件はかなり衝撃的だったようですね。まだ生まれてなかったので
ナマで見ることはできませんでしたが・・・
by niki (2011-11-27 11:20) 

haku

いやぁ、衝撃的なニュースでした!
自分も小学生でしたが、鮮明に覚えています!
by haku (2011-11-27 20:16) 

つむじかぜ

>niki様
常人には計り知れない天才ナルシストの結末だったと思います。
ま、まだ生まれてなかったんですね(-。−;)

>haku様
も、もう生まれてたんですね、ご同輩^^;
by つむじかぜ (2011-11-29 02:18) 

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