宇月原晴明〜『安徳天皇漂海記』『廃帝綺譚』 [〜老眼はつらい〜]
まず、こちらの本から読まないと始まらない。
源実朝・・・鎌倉幕府第三代将軍。武家の頭領としての資質に欠け、政(まつりごと)はすべて北条家に委ね、歌の世界に没頭した頼朝の子供。結局、親の敵と逆恨みした甥の公暁に、鶴丘八幡宮にて誅殺される。これにより、源氏直系の血筋は途絶える。北条家の陰謀と云われている ・・・日本史の教科書を思い出せばこんなところか。
この第三代将軍が、平家と共に壇ノ浦の海に消えたはずの安徳天皇とまみえるという荒唐無稽のセッティングからこの物語は始まる。朝廷と敵対しているはずの幕府の長の実朝が、実は帝への深い敬愛と忠誠心を秘めていた。自分の首を安徳帝に捧げる事と引き換えに、4番目の神器ともいうべき神珠を手に入れ、これを引き継いだ実朝の隠者が50年後の元寇時にこの珠を使い、元の大軍を壊滅させた。半世紀後の国難を予見し、自らの命を生け贄にして日本国を救った男として、実朝を描いたのが第1部。
第2部は、中国大陸に移り、なんとマルコ・ポーロが登場。クビライ・ハーンの統治する元の脅威に壊滅寸前の南宋最後の幼い皇帝・祥興帝に謁見した彼が目にしたものは・・・琥珀の玉に包まれた「日本の少年皇帝」〜安徳天皇の姿だった・・・
歴史的事実を歪曲した軽薄なSFフィクションに感じるかもしれないが、実はこの小説に嘘はない。多くの書物に記されている事実を、正確に綴っている。安徳帝入水と神器の紛失・真床追衾(まとこおうふすま)。実朝の渡宋計画から誅殺〜消えた首。元寇。マルコ・ポーロの東方見聞録・崖山の戦いと少帝入水まで。あくまで、歴史書に記されていない舞台裏や謎を、作者の旺盛な想像力で描き、一大叙事詩ともいうべきスケール感溢れる作品に仕上げている。作者の古典に通じた文体や表現が、事実と想像を渾然一体化し、ノンフィクションとまで錯覚させる。
マルコポーロが書き記した「脅威の書」。ページが拳大にくり抜かれ、中には彼が「黄金島(ジパング)」から持ち帰った蜜色の珠が置かれている。 中国の歴代皇帝に引き継がれたきた秘宝である。
下巻ともいうべき「廃帝綺譚」は4部構成。3つの作品は、「蜜色の珠」が織りなす、廃れ行く皇帝=人間の哀しき魂を美しく描いている。元朝最後の皇帝トゴン・テムル(順帝)、明の皇帝・建文帝と永楽帝の確執、明朝最後の皇帝・崇禎帝。中国の史実に基づきながら、時の天子達の落日の姿を細やかに描いている。今年の北京旅行で、「明の十三陵」にも足を運んでいたので、読後の感慨もひとしおであった。
「たとえどんなに似た輝きを放ったにしても、夕日は朝日とは違うのだ。」(111頁)
最終章の舞台は日本の隠岐島。承久の乱により配流された後鳥羽院の話し。ここで「安徳天皇漂海記」の第1部と重なって来る。倒幕を夢見て、実朝の呪詛に明け暮れた上皇時代。兄の安徳天皇崩御に乗じ、神器無きまま即位した経緯。実朝の首を抱えた兄との再会、荒海の中での崩御の場面が美しい。
大海の磯もとどろに寄する波破れて砕けて裂けて散るかも 実朝
我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け 女房(後鳥羽院)
二人の和歌が締めくくる、心憎いまでのエンディング。
他に類を見ないスタイルの心揺さぶられる作品であった。
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